2021年はよい年になると思う。根拠はない。
私は昔から具体的な目標を立てるのが苦手で、そういうことを避けながら生きてきた気がする。行き当たりばったりが好み。そのときの気持ちがすべて。先のこととか見通せない。留学も結婚も出産もNPOも会社も全部思いつきの行き当たりばったりで決めてきた。
目標や計画を、と言われると苦しくなる。それに向かって努力をしなくちゃいけない義務が発生する気分になるから。束縛されているような感じ。
そんな行き当たりばったり人間の私がモットーにしてる言葉が「なるようになる」で、今みたいなコロナのときほど効力を持つ。先が見えないからこそ「なるようになる」マインドが活きてくる。実際、今までの人生なるようになってきたし、2021年もなるようなる予感がしている。いつも以上に楽しい形で。
2020年は私にとって悪くない年だった。
コロナは世界を変えたけど、私にとっては世界ぐんと広がった年だった。世界には面白い人たちがたくさんいるんだなぁと、嬉しくなった年だった。圧倒的に頭が良い人、面白い人、思いやり深い人、フレンドリーな人、ふと気付くと自分の口角が上がっているような出会いがたくさんあった。私は極めてフツーの人なので、いろんな才能を目にするたびに、嫉妬と羨望が混ざり合ったものだけど、気持ちいいくらいすがすがしい羨望。
「自分ダメダメだな」と感じてしまったりもするけれど、その思いに対して、「優秀な人ほど自分を低く見積もる傾向があるんだって」という金言をもらえたのが年末の収穫。「比較するな」とか「あなたはあなたのままで価値がある」みたいな聞き飽きた決まり文句よりクリーンにヒットした。優秀か否かはさておき、私はもう少し自分を信用してやってもいいのかもしれない。
そんなわけで、薄皮が剥けた感のある2021お正月。
いろんな出会いに力と勇気をもらいながら、面白そうな方向へ進んでいけたらと思う。
どこにたどり着くのか分からないけれど、分からないことを恐れるのではなく、分からないことを楽しみながら。
占いはお遊び程度に信じるくらいだけど、世界は風の時代とやらに入ったらしく、水瓶座的思考が受け入れられる流れになるらしい。だとしたらすごくいいな。物心ついたころから、上下関係・伝統しきたり・人付き合い・生き方・働き方等々で、自分の思いと周囲の常識がフィットしない場面がたくさんあった。厳格な母に育てられた長女型優等生気質で、つい周囲の期待に応えようとしてしまうため、外からはうまくやってきてるように見られるけど、その分内部の葛藤はなかなか。人生後半戦から生きることが楽になっていくのなら、それってなかなかよさそう。風のように自由に、肩書や性別や人種や年齢にとらわれることなく、気持ちよく飛んだり泳いだり走ったりできればいい。
学びたいことややりたいことはたくさんある。時間が足りないくらい。
時間は年齢を重ねるごとに加速していくから、振り落とされないようシートベルトをしっかり締めていこう。
2021年はよい年になると思う。